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空母エンタープライズ、レーダーで殲滅された日本軍
ネットフリックス*でドキュメンタリー「エンタープライズ」を観ている。3次元コンピューターグラフィックスを多用し、戦闘参加者の証言を連ねる。 10のエピソードからなり長いので少しずつ観ているのだが、昨日のエピソードはトラック島の日本軍を攻撃する場面、初めてレーダー誘導で夜間攻撃を仕掛け、圧倒的な戦果を上げる場面。要するに日本軍の軍艦や輸送船、対空砲や貯蔵施設が狙い違わず爆砕される。その前には、エンタープライズなど艦隊を攻撃に行った日本軍機(一式陸攻機)がほとんど、対空砲やヘルキャット艦載機で撃墜される場面をやっていた。従来と違ってアメリカ軍がレーダー (電波探知機)を新たに採用して非常な効果を上げたという報告である。
ヘルキャットに撃墜される一式陸攻機
これじゃ負けるのは当たり前、大和魂も武士道もへったくれもない。あっという間に軍艦も輸送船も飛行機も無くなってしまった。陸軍もガダルカナルで、戦友を喰う地獄に落とされる。戦うどころではない。後は日本全国の都市が空爆されて国民が塗炭の苦しみを味わうことになった。
負けた勝った、誰が責任か? といろいろありますが、基本的には科学技術で負けたと言うことがこのドキュメンタリーから伝わってきた。あ、そうか、そういうことだったのか、レーダーが無かったなんて、そんなの物資が足りなかったと言うような話ではなかった。生産能力も物資も不足する国の軍隊がかくも簡単に消されてしまっては戦にもならない。
まあ何ですね、武田の騎馬軍団が織田の鉄砲隊の前に絶滅させられるのと同じですね。日本軍は海軍も陸軍も正確に照準を合わせるレーダーの前に絶滅してしまった。ところが昭和19年の春に、すでに日本軍が電波探知機で負けているという情報が一部の人には分かっていたようだ。知らないのは一般の国民ばかりだった。
古来戦争は科学技術の優劣が勝敗を決めてきた。鉄剣を使う民族が、銅剣を使う民族を征服してきた。この場合製鉄法を開発した民族が征服者になった。あまりにも分かりきったこの事実を日本海軍は無視してきたという。日露戦争では有名な下瀬火薬の高性能でロシア艦隊を絶滅したという実績があったのに、その歴史の教訓は無視されて、ただでかい軍艦で海上決戦するのが勝因と思い込んだ。海軍兵学校、一体何を教えていたのか? 敵前回頭とか、作戦ばかり教えたのか? 日本はそれまで科学技術は模倣するものと思い込み自ら開発しなかったとある人が書いていた。
空母エンタープライズ
ともあれ、そういうわけでエピソードが進むにつれて、不快感はだんだん強まる。起こってしまったことに別の結果はないから、始末が悪い。この内容だから日本では放映されなかったと思われる。
ところで最後の第10話、カミカゼのエピソードでは涙を禁じ得ない。26機が出撃して25機が艦載機と対空砲で撃墜されるが、たった一機残ったゼロ戦が雲間から急降下して、熾烈な対空砲火の中、激突し、エレベーターを120メートルの高さに吹き上げる。戦艦武蔵をも葬ったエンタープライズはこの攻撃によって空母としての機能を失い、修理のため回航され、その後日本が降伏したため二度と復帰することはなかった。激突と爆弾の爆発によっても遺体は残っていたそうで、早大の学徒出陣兵だった富安俊助中尉の名は、明らかになった。シングルで空母エンタープライズを不能にしたとナレーションは繰り返した。18年ほども前に、鋼鉄の空母に突き刺さったゼロ戦を再現するアメリカ人作家の彫刻をソーホーの画廊で見て感銘を受けたことがある。柔らかな身体を持った人間の精神は鉄鋼をも貫く。しかもなおその柔らかな身体を残すのだ。
私の記憶にない年長の従兄弟は、昭和20年、フィリッピン沖で、カミカゼの一員として果てた。他の隊員と共に新聞一面に発表されたが、何と言う隊名だったか覚えていない。
ところでこのドキュメンタリーを観ても、アメリカの科学技術称揚がこれでもかとばかりに強調される。この国ではよいも悪いも、感覚に依るものが軽視され、常に同じ結果を生む科学だけが重視される理由が、明々白々に浮かび上がる。効率重視と結びついて、平時にもその価値基準はこの国の文化を支配する。機械を真似るアートが主流になる。そこでは人間、機械に比べて信頼に足りない不確かな存在としての人間は、軽視される。頭脳だけが尊重され、手や足など人間の身体、機械に劣る恣意的な人間の能力が蔑視される。
* Netflixは今話題のテレビネットワーク・ビジネス。月$7.95で見放題だが、まだ見始めたばかりだが、日本映画のタイトル数も少なくはないようだ。また日本語で放映する場合が多い。鈴木清順の映画「ピストルオペラ」があったので見たが、コリャ、シュールで分かりにくい。私はマックミニからシャープテレビにHDMI ケーブルで繋いで観られるようにした。
ヘルキャットに撃墜される一式陸攻機これじゃ負けるのは当たり前、大和魂も武士道もへったくれもない。あっという間に軍艦も輸送船も飛行機も無くなってしまった。陸軍もガダルカナルで、戦友を喰う地獄に落とされる。戦うどころではない。後は日本全国の都市が空爆されて国民が塗炭の苦しみを味わうことになった。
負けた勝った、誰が責任か? といろいろありますが、基本的には科学技術で負けたと言うことがこのドキュメンタリーから伝わってきた。あ、そうか、そういうことだったのか、レーダーが無かったなんて、そんなの物資が足りなかったと言うような話ではなかった。生産能力も物資も不足する国の軍隊がかくも簡単に消されてしまっては戦にもならない。
まあ何ですね、武田の騎馬軍団が織田の鉄砲隊の前に絶滅させられるのと同じですね。日本軍は海軍も陸軍も正確に照準を合わせるレーダーの前に絶滅してしまった。ところが昭和19年の春に、すでに日本軍が電波探知機で負けているという情報が一部の人には分かっていたようだ。知らないのは一般の国民ばかりだった。
古来戦争は科学技術の優劣が勝敗を決めてきた。鉄剣を使う民族が、銅剣を使う民族を征服してきた。この場合製鉄法を開発した民族が征服者になった。あまりにも分かりきったこの事実を日本海軍は無視してきたという。日露戦争では有名な下瀬火薬の高性能でロシア艦隊を絶滅したという実績があったのに、その歴史の教訓は無視されて、ただでかい軍艦で海上決戦するのが勝因と思い込んだ。海軍兵学校、一体何を教えていたのか? 敵前回頭とか、作戦ばかり教えたのか? 日本はそれまで科学技術は模倣するものと思い込み自ら開発しなかったとある人が書いていた。
空母エンタープライズともあれ、そういうわけでエピソードが進むにつれて、不快感はだんだん強まる。起こってしまったことに別の結果はないから、始末が悪い。この内容だから日本では放映されなかったと思われる。
ところで最後の第10話、カミカゼのエピソードでは涙を禁じ得ない。26機が出撃して25機が艦載機と対空砲で撃墜されるが、たった一機残ったゼロ戦が雲間から急降下して、熾烈な対空砲火の中、激突し、エレベーターを120メートルの高さに吹き上げる。戦艦武蔵をも葬ったエンタープライズはこの攻撃によって空母としての機能を失い、修理のため回航され、その後日本が降伏したため二度と復帰することはなかった。激突と爆弾の爆発によっても遺体は残っていたそうで、早大の学徒出陣兵だった富安俊助中尉の名は、明らかになった。シングルで空母エンタープライズを不能にしたとナレーションは繰り返した。18年ほども前に、鋼鉄の空母に突き刺さったゼロ戦を再現するアメリカ人作家の彫刻をソーホーの画廊で見て感銘を受けたことがある。柔らかな身体を持った人間の精神は鉄鋼をも貫く。しかもなおその柔らかな身体を残すのだ。
私の記憶にない年長の従兄弟は、昭和20年、フィリッピン沖で、カミカゼの一員として果てた。他の隊員と共に新聞一面に発表されたが、何と言う隊名だったか覚えていない。
ところでこのドキュメンタリーを観ても、アメリカの科学技術称揚がこれでもかとばかりに強調される。この国ではよいも悪いも、感覚に依るものが軽視され、常に同じ結果を生む科学だけが重視される理由が、明々白々に浮かび上がる。効率重視と結びついて、平時にもその価値基準はこの国の文化を支配する。機械を真似るアートが主流になる。そこでは人間、機械に比べて信頼に足りない不確かな存在としての人間は、軽視される。頭脳だけが尊重され、手や足など人間の身体、機械に劣る恣意的な人間の能力が蔑視される。
* Netflixは今話題のテレビネットワーク・ビジネス。月$7.95で見放題だが、まだ見始めたばかりだが、日本映画のタイトル数も少なくはないようだ。また日本語で放映する場合が多い。鈴木清順の映画「ピストルオペラ」があったので見たが、コリャ、シュールで分かりにくい。私はマックミニからシャープテレビにHDMI ケーブルで繋いで観られるようにした。
テーマ:ドキュメンタリー映画 - ジャンル:映画
バタンと閉めて一巻の終わり;ニューヨークの鍵の話
ブザーが二度鳴って降りていった。ドアを開けたら、黒人でベライゾン(電話会社)の工事に来たという。しかし私はベライゾンと今は関係が無い。確かに番地もアパート番号も合っているが、作業員は帰っていった。さて、「アッ!」、と思った。中のドアが閉まってしまっていた。外と内にドアがあり鍵が掛かる。外は零下の寒さだ。ところが私は慌てて降りてきたので、汚れた作業ズボン、下着のシャツ一枚だ。何しろ室内は常夏の暖かさなのである。昔シェアしていた教授などはいつも上半身裸でいた。とっさに数年は会っていない友達の顔を思い浮かべたが、超薄着では、そこまで行けない。第一彼が家に居るとも限らない。「さあ、どうするか?」。慌てて1階、2階、4階のブザーを押したが、誰も居ない時間帯だ。真っ青になって、ドアを無駄だが引っ張ってみたら、中から大家のヘイウッドが階段を下りてくる音と共に応じる声が聞こえた。「助かった!」本当にラッキーだった。もし誰も居なかったらどうなっていただろう? 考えるだに恐ろしい。角のカフェに行って頼んで時間を潰させて貰うか?
数年前に閉め出されたことがあった。しかしその時は丁度夏で、ともかく玄関前の階段に座って待っていれば、誰かが帰ってくるはずだった。幸い間もなく上の階の家族が帰ってきて、入れて貰った。いつも気を付けているのだが、ついうっかりして閉めだされる場合が生じる。大家のヘイウッドなどはしょっちゅう私を呼び出してドアを開けさせる。だいぶ貸しがあるのである。幸いと言っていいかどうか、3階の自分のアパートのドアは、強く引っ張ると開く。大家が10年も前にスチールのドアに変えると約束しながら放置されてきたお陰で、この木造のボロドアは鍵を掛けても強引に引っ張れば開くことを、前に住んでいた友人に「便利だぞ」と教えられていて、5〜6回はそれを実行して、閉め出されずに済んだ。何しろ止めている金具そのものがドタンと落ちるお粗末さだ。

アパート近くのヴァンダービルト・アベニュー(ブルックリン)
初めて私が旅でニューヨークに来たとき。ホテルの部屋から下着で閉め出されたことがあった。前屈みになってフロントへ鍵を借りに行った。格好悪いと思ったが客もフロントも全く気に掛けなかった。
それにしても日本では起こらない出来事である。鍵を持ち忘れて出てしまうことはしょっちゅうだった。閉じれば自動的にドアが閉まるのは、アメリカではどこでもそうである。大家のように子供の時から慣れていてもひっきりなしに鍵を忘れて出てしまう。
昔私は神楽坂のマンションで外出中に鍵を紛失して、夜中に帰り着いて気が付いて、風呂場の小さな窓を開けてそこから泥棒さながらに侵入したことがあった。コンクリートの建物とサッシ窓だから、良くもそんなことが出来たものだと今でも感心する。最近では、私はニューヨークに慣れているので、東京ではいつでも鍵を掛けたかどうか不安になって確かめに戻ったりする。
ヨーロッパを旅行したが、あまり鍵で苦労した覚えがない。私のような外人だけではなく大家のように住人がしょっちゅう閉め出されて、ひどい目に合うというのに、ニューヨークの鍵の慣行が是正される兆しもない。合理的なこの国で、こういう不合理がいつまでも残っているのは、何か国民性と関係しているのかと腑に落ちない。
いや、この都市は1世紀も前の古い建物が大部分を占めているからだろう。そうであれば簡単には変更出来ない。だから、この街が発する信号は、パリがそうであったように、「破壊せよ」という信号なのだと私は思う。そうしてその街は美術思想をも支配し、その美術思想は、鍵の習慣と同様、簡単には変わらない。彼らは街を壊さずに、美術を壊して鬱憤を晴らす。
数年前に閉め出されたことがあった。しかしその時は丁度夏で、ともかく玄関前の階段に座って待っていれば、誰かが帰ってくるはずだった。幸い間もなく上の階の家族が帰ってきて、入れて貰った。いつも気を付けているのだが、ついうっかりして閉めだされる場合が生じる。大家のヘイウッドなどはしょっちゅう私を呼び出してドアを開けさせる。だいぶ貸しがあるのである。幸いと言っていいかどうか、3階の自分のアパートのドアは、強く引っ張ると開く。大家が10年も前にスチールのドアに変えると約束しながら放置されてきたお陰で、この木造のボロドアは鍵を掛けても強引に引っ張れば開くことを、前に住んでいた友人に「便利だぞ」と教えられていて、5〜6回はそれを実行して、閉め出されずに済んだ。何しろ止めている金具そのものがドタンと落ちるお粗末さだ。

アパート近くのヴァンダービルト・アベニュー(ブルックリン)
初めて私が旅でニューヨークに来たとき。ホテルの部屋から下着で閉め出されたことがあった。前屈みになってフロントへ鍵を借りに行った。格好悪いと思ったが客もフロントも全く気に掛けなかった。
それにしても日本では起こらない出来事である。鍵を持ち忘れて出てしまうことはしょっちゅうだった。閉じれば自動的にドアが閉まるのは、アメリカではどこでもそうである。大家のように子供の時から慣れていてもひっきりなしに鍵を忘れて出てしまう。
昔私は神楽坂のマンションで外出中に鍵を紛失して、夜中に帰り着いて気が付いて、風呂場の小さな窓を開けてそこから泥棒さながらに侵入したことがあった。コンクリートの建物とサッシ窓だから、良くもそんなことが出来たものだと今でも感心する。最近では、私はニューヨークに慣れているので、東京ではいつでも鍵を掛けたかどうか不安になって確かめに戻ったりする。
ヨーロッパを旅行したが、あまり鍵で苦労した覚えがない。私のような外人だけではなく大家のように住人がしょっちゅう閉め出されて、ひどい目に合うというのに、ニューヨークの鍵の慣行が是正される兆しもない。合理的なこの国で、こういう不合理がいつまでも残っているのは、何か国民性と関係しているのかと腑に落ちない。
いや、この都市は1世紀も前の古い建物が大部分を占めているからだろう。そうであれば簡単には変更出来ない。だから、この街が発する信号は、パリがそうであったように、「破壊せよ」という信号なのだと私は思う。そうしてその街は美術思想をも支配し、その美術思想は、鍵の習慣と同様、簡単には変わらない。彼らは街を壊さずに、美術を壊して鬱憤を晴らす。
科学技術がプログラミングしていた地上生命の絶滅
日常生活で、プラスチック製品は、無くてはならないものだ。私もあらゆる食品はそれでラップして冷蔵庫に入れ、ご飯もプラスチック容器に入れて冷凍している。 食品を電子レンジでチンする場合も当然、それが可能なプラスチック容器に入れ、あるいはラップでカバーしている。食品とプラスチックはもう切っても切れないわけであるが、ところが、そのプラスチックから、化学物質が溶け出して食品を汚染しているという。
その化学物質には,女性ホルモンの生成を促す物資(合成エストロゲン)が含まれているものがあって、地上のあらゆる生物の雌化を進行させていると言うから恐ろしい。それどころか殺虫剤や農薬のせいで、水にも空気にも化学物質が含まれてもはやどうにも出来ないところにまで来ているらしい。
世界中の大学の研究室が、1990年代に、お互いに知らずに研究を続けてこの恐るべき事実に気が付いた。けれど人間による実験だけは出来ないけれども、男性に異常な女性ホルモンの増加が認められることは広く知られているという。地上の生物は次々と代を重ねつつ、種として存続してきた。その生存が脅かされるようになり、今では毎日100もの種が絶滅して行く (この事実には工業会社の研究所も反論できないだろう)。食物連鎖の形が崩れ、食べるものが無くなって死ぬのか、あるいは環境が損なわれて死ぬのか、その原因については、私はよく分からなかった。しかしここではハッキリ、男性(雄)の女性化によって、精子の数が少なくなり(過去50年間に人の精子が半減したという)、次の世代が生まれないことによって、絶滅する形=生殖系異常が示されたのである。
プラスチックにラップされたアジの干物
最近では女性に関心を持たない男性が増えたということをデータが示している(「交際している異性がいない」男性:61.4%、女性:49.5%、このうち「交際を望まない」 男性:45%、女性:45.7%、2010年調査、18〜35才、7000人対象、日経新聞)。独身のまま一生を終わる男女が増えるというデータである。日本で少子化が問題となるが、中国などでは人口爆発を押さえるために子供を1人以上産むことは禁じられている。いずれにしても世界的に見れば,科学技術の発達によって、人間は死ななくなり、世界人口は限界にまで膨れあがっている。ところが一方でじわじわと絶滅の時が近づいているのである。人間だけが膨らむことによって、食物連鎖の下位生物群から順に絶滅しつつある。
粉乳に含まれる化学物質にも、女性化を促進するものがいくつか含まれているが,何とPCBとかダイオキシンまであるという。 私はそう言うものは汚染された泥土にあるものと思っていたが、それではやはり母乳が良いのだろうと思ったら、実は母乳にも同じものが含まれているという。世界中の若いお母さんの母乳にダイオキシンやPCBが含まれているのである。そうしてそれは新生児の体内に移行する。
ワニではチンチンの小さい異常が多く認められたという。チンチンが親指ほどの白人美男子に出会ったという、ある若い女性の証言は、実は決してまれな事例ではなかったことになる。しかも今後どんどん増えてくるだろう。これは昔の男からすると少し愉快だが(笑)、いや笑い事ではない。一方このエストロゲンに胎内で曝された女の子はガンになるという。
本棚に、環境ホルモン汚染の恐怖「雌化する自然」(集英社 1998)という本を見つけた。何年も前にブックオフで買って、そのまま本棚に入れてあったのだと思う。人間は種族や国家間で覇権を争うだけでなく、その種族の間でも知恵と力と富の優劣を争う馬鹿な生き物だ。確かに昔に比べれば,科学技術の進歩によって、産業革命の後、「貧、病、老、死」は癒された。先進工業国での話だが、食べられないで苦しむことはなくなり、多くの病から解放され、人は長く生きるようになった。 けれどその科学技術が人類を含めた地上の生命全体の絶滅をプログラミングしていた。
その化学物質には,女性ホルモンの生成を促す物資(合成エストロゲン)が含まれているものがあって、地上のあらゆる生物の雌化を進行させていると言うから恐ろしい。それどころか殺虫剤や農薬のせいで、水にも空気にも化学物質が含まれてもはやどうにも出来ないところにまで来ているらしい。
世界中の大学の研究室が、1990年代に、お互いに知らずに研究を続けてこの恐るべき事実に気が付いた。けれど人間による実験だけは出来ないけれども、男性に異常な女性ホルモンの増加が認められることは広く知られているという。地上の生物は次々と代を重ねつつ、種として存続してきた。その生存が脅かされるようになり、今では毎日100もの種が絶滅して行く (この事実には工業会社の研究所も反論できないだろう)。食物連鎖の形が崩れ、食べるものが無くなって死ぬのか、あるいは環境が損なわれて死ぬのか、その原因については、私はよく分からなかった。しかしここではハッキリ、男性(雄)の女性化によって、精子の数が少なくなり(過去50年間に人の精子が半減したという)、次の世代が生まれないことによって、絶滅する形=生殖系異常が示されたのである。
プラスチックにラップされたアジの干物最近では女性に関心を持たない男性が増えたということをデータが示している(「交際している異性がいない」男性:61.4%、女性:49.5%、このうち「交際を望まない」 男性:45%、女性:45.7%、2010年調査、18〜35才、7000人対象、日経新聞)。独身のまま一生を終わる男女が増えるというデータである。日本で少子化が問題となるが、中国などでは人口爆発を押さえるために子供を1人以上産むことは禁じられている。いずれにしても世界的に見れば,科学技術の発達によって、人間は死ななくなり、世界人口は限界にまで膨れあがっている。ところが一方でじわじわと絶滅の時が近づいているのである。人間だけが膨らむことによって、食物連鎖の下位生物群から順に絶滅しつつある。
粉乳に含まれる化学物質にも、女性化を促進するものがいくつか含まれているが,何とPCBとかダイオキシンまであるという。 私はそう言うものは汚染された泥土にあるものと思っていたが、それではやはり母乳が良いのだろうと思ったら、実は母乳にも同じものが含まれているという。世界中の若いお母さんの母乳にダイオキシンやPCBが含まれているのである。そうしてそれは新生児の体内に移行する。
ワニではチンチンの小さい異常が多く認められたという。チンチンが親指ほどの白人美男子に出会ったという、ある若い女性の証言は、実は決してまれな事例ではなかったことになる。しかも今後どんどん増えてくるだろう。これは昔の男からすると少し愉快だが(笑)、いや笑い事ではない。一方このエストロゲンに胎内で曝された女の子はガンになるという。
本棚に、環境ホルモン汚染の恐怖「雌化する自然」(集英社 1998)という本を見つけた。何年も前にブックオフで買って、そのまま本棚に入れてあったのだと思う。人間は種族や国家間で覇権を争うだけでなく、その種族の間でも知恵と力と富の優劣を争う馬鹿な生き物だ。確かに昔に比べれば,科学技術の進歩によって、産業革命の後、「貧、病、老、死」は癒された。先進工業国での話だが、食べられないで苦しむことはなくなり、多くの病から解放され、人は長く生きるようになった。 けれどその科学技術が人類を含めた地上の生命全体の絶滅をプログラミングしていた。
テーマ:博物学・自然・生き物 - ジャンル:学問・文化・芸術
いま、池田20世紀美術館で、日影 眩展
今、伊豆高原の池田20世紀美術館で、6月30日から10月11日まで、日影 眩の個展中である。美術館の広い会場でこれまでに無くのびのびと飾られて、絵が引き立っている。一碧湖の側の自然に包まれた環境の中にある素晴らしい美術館である。1階にはピカソ、マチス、ミロを始めとする20世紀美術の巨匠たちの作品が並ぶ。そうして階段を下りていくとのびのびと飾られた日影 眩の作品が目に入ってくる。
20〜30年前にはかなり変わったなじみの悪いものに見えた絵が今では違和感なく感じられるはずだ。この絵が認められるまでには50年掛かると作者は主張してきた。今25年が経過して徐々に成熟の域に到達しつつあるのである。そのトランジション渦中にある作品を味わってください。
芸術の歴史とは大きく言えば視点の転換と拡大の歴史であったと言えるだろう。今世紀初頭、人は空に上がり,人の視覚体験は有史以来の眠りから覚めた。鳥瞰図の登場である。そうして今文明の進展と共に、蛙瞰図(下からの視点)が浸透して私たちの視覚を360°化しつつある。

2007年から2009年にかけて東京で発表した,写真に基づいた絵は、「神はアメリカを祝福する」を始めとして,安定した評価を得ている。形には心がある。その心を読み取るのは作家の心であり、見る人の心である。路上で撮られた写真は選ばれて,再構成され,絵に描き変えられるが,プロパガンダに見られるような故意のでっち上げとは異なる。それが芸術であるなら,写真に含まれた心が取りだされて,人々の目に見えるものになるだろう。単なる写像によっては捕らえられなかった真実が姿を現すだろう。あなたが時代の包括的な心(精神)を捉えられるなら,絵画芸術とは何であったかを知ることになる。

最新作は,初めてここで発表されている。説明が不足だという人が居た。実際には、作家も手探りで制作している。始めに色があり,そうして姿を消していく写像が組み合わされることで,新たな試みが始められた。色は意図的に出来る限り形作らないようにしている。なぜなら、それは時を表そうとしているからだ。時はかつて時計によってシンボライズされた。時は形を持たないからだ。しかし光速度について、ブリタニカは,真空中では一定であるが,物質上においては色の違いとしてそれは現れると述べている。赤は長い時間を,青は短い時間を表すことが実験で明らかになっているそうだ。だとすれば時を時計ではなくて,色で表すことは荒唐無稽とは言えないだろう。また、かつて死は骸骨によって表象された。メメント・モリ(死を思え)である。けれど今日、死して骸骨は残らない。それは灰となって消滅する。今メメント・モリへの関心が高まっているが,たまたまそうなっただけで,はかない人生という思いは,身近な問題として私を包んでいるのである。すべては時によって消去され、そうして消去に私たちは美を見るのではないだろうか。制作は作家が1人でするのではない,大勢の人がその制作に関わる。そうして初めて芸術は芸術となる。

20〜30年前にはかなり変わったなじみの悪いものに見えた絵が今では違和感なく感じられるはずだ。この絵が認められるまでには50年掛かると作者は主張してきた。今25年が経過して徐々に成熟の域に到達しつつあるのである。そのトランジション渦中にある作品を味わってください。
芸術の歴史とは大きく言えば視点の転換と拡大の歴史であったと言えるだろう。今世紀初頭、人は空に上がり,人の視覚体験は有史以来の眠りから覚めた。鳥瞰図の登場である。そうして今文明の進展と共に、蛙瞰図(下からの視点)が浸透して私たちの視覚を360°化しつつある。

2007年から2009年にかけて東京で発表した,写真に基づいた絵は、「神はアメリカを祝福する」を始めとして,安定した評価を得ている。形には心がある。その心を読み取るのは作家の心であり、見る人の心である。路上で撮られた写真は選ばれて,再構成され,絵に描き変えられるが,プロパガンダに見られるような故意のでっち上げとは異なる。それが芸術であるなら,写真に含まれた心が取りだされて,人々の目に見えるものになるだろう。単なる写像によっては捕らえられなかった真実が姿を現すだろう。あなたが時代の包括的な心(精神)を捉えられるなら,絵画芸術とは何であったかを知ることになる。

最新作は,初めてここで発表されている。説明が不足だという人が居た。実際には、作家も手探りで制作している。始めに色があり,そうして姿を消していく写像が組み合わされることで,新たな試みが始められた。色は意図的に出来る限り形作らないようにしている。なぜなら、それは時を表そうとしているからだ。時はかつて時計によってシンボライズされた。時は形を持たないからだ。しかし光速度について、ブリタニカは,真空中では一定であるが,物質上においては色の違いとしてそれは現れると述べている。赤は長い時間を,青は短い時間を表すことが実験で明らかになっているそうだ。だとすれば時を時計ではなくて,色で表すことは荒唐無稽とは言えないだろう。また、かつて死は骸骨によって表象された。メメント・モリ(死を思え)である。けれど今日、死して骸骨は残らない。それは灰となって消滅する。今メメント・モリへの関心が高まっているが,たまたまそうなっただけで,はかない人生という思いは,身近な問題として私を包んでいるのである。すべては時によって消去され、そうして消去に私たちは美を見るのではないだろうか。制作は作家が1人でするのではない,大勢の人がその制作に関わる。そうして初めて芸術は芸術となる。

不良品のダブルパンチ、世界没落の兆候か?
以前に書いたが、外付けハードディスクのシーゲート、ゴフレックス・ドライブをテクニカル・サービスに送ったのは、2月1日のことである。それが交換されて戻ってきたのは3月28日である。テキサスにあり、大雪で届くのが酷く時間が掛かったとはいえ、日本ではあり得ない。何度も催促のメールを送った結果である。
ところが届いたそのドライブが、全く無反応。ライトが一つ、たまに付くだけで、全くアイコンが現れない。これは中国製である。ウエブで中国製が良くないと言うニュースが最近あったと思う。で、またメールを出したら、即座に返品用のUPSのダウンロード・ラベルがメールで送られてきた。まだ返品していないが、オイオイ、また二ヶ月掛かるのなら、6月末で、私はその頃はアメリカにいない。
ところが届いたそのドライブが、全く無反応。ライトが一つ、たまに付くだけで、全くアイコンが現れない。これは中国製である。ウエブで中国製が良くないと言うニュースが最近あったと思う。で、またメールを出したら、即座に返品用のUPSのダウンロード・ラベルがメールで送られてきた。まだ返品していないが、オイオイ、また二ヶ月掛かるのなら、6月末で、私はその頃はアメリカにいない。



