2008-07

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神子島巖展のオープニング

 6月5日にチェルシーのミッチェル・アルガス画廊で開かれたロッキーの個展のオープニングに行ってきた。ロッキーと呼ぶのは本名が巖だから。今回はかなりの大作も含めて新・旧作10数点が並んでいる。見たことのない作品がほとんどだったが、彼は70年代に東京芸大を卒業した後、東京の永井画廊で個展をしていて、立派なカタログを作っている。それを見るとほとんど彼の作品は変わっていないことが分かる。一見ニューペインティングであるが、ダリが好きだったというだけあってシュールリアリスティックな要素も加わっている。けど特徴的なのは、天狗とか猿とか城とか翁の面とか、日本の昔話に出てくるようなアイコンがちりばめられていて、おそらく彼が世に出るころ、60年代末期に日本で流行した土俗とか怨念と呼ばれた、ちょっと奇怪で怪奇な雰囲気が画面に漂っていることだ。故意に選んでいるというけれどおそらく彼がずっと持ち続けてきたテーマだろうと思えた。

神子島展、ミッチェル・アルガス画廊  神子島作品
写真左から神子島展、ミッチェル・アルガス画廊/神子島作品

 しかしこの奇怪さは、単におどろおどろしい伝統的な象徴から来ているのではなく、よく見ると、彼には「女の穴」と題する作品があったが、目も口も女の穴も節穴も、私たちが生きる世にポッカリと空いた穴、ブラックホール、或いは冥界への入り口として描かれているように見えることから生じる畏怖の感情ではないかと気付かされる。その点からも今日アメリカで流行るマンガや可愛いアイコンのアートとは異なることは明らかだ。
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神子島作品

 彼はそのほかに東京画廊でも発表したりした後、ニューヨークに来るのだが、83年にかの有名な今では伝説のディレクター、マーシャ・タッカーに選ばれてニューミュージアムで個展をした。その時期はかなり注目されていろいろな発表の機会を持ったということであるが、今回の画廊のオーナーでディレクターの、ミッチェルはその時に彼の作品を一点買ったという。今回の個展はその時の縁が強い絆になって実現したのである。
 ミッチェルはNY美術界では古い作家を掘り起こす仕事を続けているとして評価され有名でもある。けれどロッキーの場合にも見られるように、若い頃に一度は権威ある美術館などで評価されたということを選定基準にしている。一方今のニューヨークの大部分の画廊はまだ未評価の学生の青田買いに狂奔しているから、過去に一度も評価されなかった作家が再評価される機会がない。これがちょっと残念なところだ。金、名声、高学歴、美貌、若さはアメリカの絶対優先事項だ。全部欠けた者はどうなるか? 
 ともあれニューヨークタイムズの批評家も何人か顔を出す会場だから、ここで彼の絵が評価されて売れるようなことがあれば、ミッチェルにとっても快挙である。というのもほんの数週間前に村上のフィギュアが16億円でサザビーズで落札されて、そのニュースが衝撃を与えているから(マーケットである以上は、株式市場の仕手筋のような存在も考えられ得るが)、ミッチェルも村上の名をプレスリリースに入れて、40年代生まれの神子島を村上など若い世代と具体など古い世代の中間に位置するロストゼネレーションと捉えて、同じ日本人アーチストであることに注意を喚起しているのだ。私も彼の絵が売れることを祈っている。
 終わった後、私も招待されて、近くのフランス料理店でアルガス夫妻と彼の個展を祝った。夫妻が帰った後、日本人4人で遅くまで話していた。日本で不倫蔓延の話をしていた謎の美人と18丁目駅から1トレインに乗ったのはもう0時15分前だった。


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