2012-08

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夏のゴッホ(アルル)、セザンヌ(エクサンプロバンス)詣で

「明白な視野」と題する、具象ミニマリズムとも言える小さい絵画を集めた夏のグループ展で、ニューヨークのある画廊は、プレスリリースに「これらのアーチストは、同時代の具象画がアート制作の他の方法に固有の知性的特質を欠くという前提事項を無視します。」と書いた。具象画と言っても、これらの絵はもう可能な限り下手くそに省略した絵である。
 ドイツの大哲学者ヘーゲルは「絵は手が語る思想」であると言っている。貴方でさえこの生涯思考した西洋の偉賢に逆らうのは難しい。大脳だけが思想を語るのではない。
 一方フランス、ポストミニマリズムの巨峰、ピエール・クロソフスキーは(私は大好きです)、その小説の中で、画家の言葉を借りて「プロバンスに悪鬼の如き老人が現れて、世界を分裂させてしまった。」と書いた。知人のフランス人もその名を知らなかったが、彼は思いっきり下手な記憶に頼る画が芸術であり得ることを証明して見せた革命的画家だ。
 今年の夏、実はヨーロッパを旅行してきた。いやもう今更印象派なんて、と心底侮っているので、南仏は私に取って残されたヨーロッパだった。南仏ではコートダジュールの他にめぼしい場所もないので、アルルエクサンプロバンスにも行きました。意外だったのはアルルが恐ろしく古い建て込んだ中世の街だったこと。紀元初頭の巨大とも言えるローマの円形闘技場まで残っている。住民に排除要請をされたゴッホは今では恐るべき数の観光客を集めて、子孫住民に糧をもたらしている。けれどレストランが残っている以外、病院なども後世に作られた偽物であるし、見るべきものは無い。
 偽物と分かっても彼が描いた田園を彷彿させる風景に会えるかも知れないと、吊り橋を見に、暑い日差しの中ホテルで聞いた道順を川に沿って、セミの声も消す耳も聾する川向こうの自動車のエンジン音を聞きながら歩いたが、行けど行けど橋に至らず、かみさんは遅れるし、1時間ほども歩いて遂に諦めて引き返した。画材を背負った歩くゴッホのマークが矢印と共に誘導するのだよ。人も車もメッタに来ないのだから、治安の上からも不安がある。途中で「英語話せますか?」と行き違った白人の青年が聞いた。「ぼくは行ってみます」とバックパックを背負った青年は元気に遠ざかる。私が、バスに乗ってからその後徒歩20分という説明をうろ覚えしていたのと、この標識が原因だった。
 途中、道ばたの家に住む幼児を連れた黒い服の若いお母さんと行きも帰りも挨拶。「ボンジュール」と女児にうながした。印象に残ったアルルの美人。アア、こんなところに住む人生があるなあと思った。そういえばホテルを探していたとき、「お手伝いしましょうか?」と初老の男性が声を掛けてくれた。彼は直ぐにそのホテルが分かって教えてくれたが、「70年代に日本で暮らしたことがある」といった。この旅では何人もそう言う親切な人や日本にゆかりのある人に出会った。

アルルの街 吊り橋への道
強い日差しのなかのアルルの街 吊り橋への道-人影もない

 さてその後バスに乗って、そのバス停が一般の長距離バス乗り場とは少し違っていたので、慌てたが、ともかくエクスプロバンスへ。5時過ぎに到着、チェックインして直ぐに、セザンヌが子供の頃にドローイングを習ったグラネ美術館へ。
 ここに行きたかったので休みを避けるためにスケジュールを変更したのです。それだけの値打ちがありました。アングルもあったし、その友人だったグラネの作品も面白かった。アングルに比べて下手と思えるグラネの、一寸未完成に見える絵の中に、後のセザンヌの絵のイメージがうかがえた。多分これがアングルだったら、セザンヌの未来は違っていた? 
 ここではドイツのコレクターのコレクション展をやっていた。ドイツとアメリカの現代美術。巨大な作品ばかり。うーむこういう人が現代美術を支えているのかと言う感想。これはもしかすると現代美術作品の故郷帰りだね。現代美術の遙かな始祖が、学んだ美術館だ。

DSC_8545グラネ美術館72 セザンヌ
グラネ美術館の看板 街の高台にあるセザンヌのスタジオ

 この後、翌日ミニ・トレインで行くつもりのセザンヌのスタジオへ歩いて行った。歩いても大したことはないが、スタジオに行くはずのトレインが夕方6時からしか運行していなかった。夕方にはもう居ないし、それならサント・ヴィクトワール山が見える丘まで行けたのだが。
 ともあれ歩いて行ったが、いくらかの人たちがスタジオを見物していた。高い天井と大きな作品を出すための口が作られているのが印象的だ。それに庭が公園の様に広いのも印象的だった。スタジオにセザンヌとは似つかぬ絵が2点あり、節子と日本語でサインしてあった。丁度隣の建物でバルチュス夫人節子さんの個展中だったが、長い昼休み休館で、窓の外から見るしかなかった。セザンヌとは別の意味で下手な絵だ。バルチュスはクロソウスキーの実弟だ。
 もう時間が無くなったので、かみさんは布を買うのを楽しみにしているし、丘まで歩いて20分というので、迷ったが行くのは中止にした。街に戻り買い物をした後、大急ぎでTGVの駅に行くバスに乗って私たちはエクサンプロバンスを後にしたが、アルルと違って一寸後に心が残った。もう一泊すべきだった。

カフェ エクスの街
ランチを取ったエクスのカフェ-定食が美味しかった かみさんが布とおみやげの石鹸を買ったエクスの街

 軽く見ていたが、間違いだった。セザンヌの存在が、揺るがしがたい巨峰の様に聳え立っているのが見えた。オルセーでブグロー氏の「ヴィーナスの誕生」を見た。この絵は例えばゴヤや、レンプラントとは異なっている。スマートさがあるのだ。明らかに写真の影響によって、絵画はここでも変貌を遂げていると思えた。意識せずに影響を受けたと思えるグラネ氏と同様に、セザンヌは下手くそだった。しかしその下手くそが時代を変えた。写真の影響のもう一つのパートが、絵画に新しい視野を開いたのだ。
 パリのプチパレで開かれた展覧会で、歴史から消されていたアカデミズムの絵画の復権が行われた。だからこそ、今私たちは印象派美術館のオルセーでいくらかの彼らの作品を見ることができるのだろう。けれど今もそっくりに対象を表すことへの蔑視とコンプレックスは根強く残っている。
 神話のありもしないウソが描かれていようと、対象が再構築されていようと、絵画は人間の目にそう見えるだけの虚に過ぎない。しかしその虚の内に私たちは美を見ることができる。それは目の知的な楽しみである。
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テーマ:絵画 - ジャンル:学問・文化・芸術

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