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2019-08

ギリシャの旅 アテネ アクロポリスの丘

 イスタンブールからギリシャへ、午前中にオリンピック航空で移動。あらかじめチケットを購入していたので、ストの心配をしたが、幸い国営オリンピック航空は旅行中ストライキをしなかった。不思議に朝の便だけ料金が安く、一人6000円くらいだった。空港からはバスにした。ホテルは地下鉄メタクソジオ駅のすぐ側のクリスタル・シティ・ホテルである。ちょっとビジネスホテル風だが、悪くない。第一移動が楽である。
 昼過ぎには着いたので、直ぐにアクロポリスの丘に出かける。地図で見て、入り口に近いと思えるモナスティラキ駅に行ったが、地下から出ると強い日差し、ショートパンツで肌を露出した若い女性たちが闊歩しているので、イスタンブールとの違いを強く感じる。駅のそばにはアドリアヌス帝の図書館の遺構がある、その遙か向こうにアクロポリスの丘が見える。行き方をおじさんに聞いて、近道は、まっすぐ登れと言うので、それに従う。始めにかみさんが帽子を買うので、私もついでに一つ買った。8ユーロである。以降この帽子で強い日差しを避けた。結構急な坂を登って、ようやく入り口にたどり着いたが、その前に近くの岩山に登ってアテネの街を撮る。
 急な坂を登って、遂に何度写真や映像で見たか知れないあのパルテノン神殿にたどり着く。真っ青な空、白い列柱。感激ということはないが、やっぱり遂に来たかという感慨はある。実物を見て何がどうということはない。いいアングル以外の方向からも見て、全体的な理解が深まる。神殿のうしろに展望台があった。それと有名な婦人像柱のあるエレクティオンをぐるっと一回りして写真に撮る。ここで行った証拠に私の撮ったパルテノン神殿をお見せします。

パルテノン エレクティオン
パルテノン神殿 統一ストライキで死者まで出て観光客が少ない? 右は女性像柱のエレクティオン

 降りてきたところで座っていた女性がぴょっこり挨拶する。日本の学生さん。別れるときに彼女をスナップ。彼女「有り難うございます」という。この写真は出しません。この後、岩山からいくらかの神殿や遺跡が見えた古代アゴラ地区に行く。博物館もあって発掘品が展示してある。ここで白人夫妻に写真を撮ろうと提案され、お返しに夫妻を撮る。ここにも立派な神殿もあり、かなり広い範囲に住居跡などの遺構が連なり、遙かなアクロポリスの丘の景観も含めて、アテネの中心地だった古代の繁華を偲ばせる。また柱廊博物館の出土品の展示も興味深い。

DSC_0965gen kazuko72 アゴラ
撮ってもらった写真 アタロス柱廊博物館    古代アゴラ シモン邸跡地 遙かに丘が見える

 この日は麓にあるプラカ地区の坂道にあって繁盛するレストラン街を探しめぐって、紹介されているレストランを見つけてやっと食事にありついた。たくさんの料理から5種類を選べて飲み物も一種がサービス、デザートもついて非常に安いと言う店。しかし思い出してみるとそれほど「美味い」と思ったという記憶がない。ギリシャ料理のバラエティを安く味わった印象。それとも他のことに気を取られたか、食べ過ぎておいしさの記憶が消えてしまったのか?

料理 花
ギリシャ料理5品とワインとビール       アテネの花 プラカ地区

 翌日はともあれ明後日のフェリーのチケットを手に入れるつもりで、旅行代理店のあるシンタグマに出かける。広場に出たら大勢の人が道路際に立っていて、間もなく楽隊を先頭に民族的な軍装の兵士たちが足を大きく上げる歩行で行進してきた。聞いていた衛兵の交代儀式が始まったのである。で一部始終を見物し、ビデオに撮った。
 その後国立のインフォメーションセンターに行って地図や時刻表をもらった後、旅行代理店をやっと探し当てたが、なんと海の便は全部ストライキで動かないという。ホテルはどこも予約済みであるし、迷ったが、やむなくオリンピック航空でアテネからサントリーニに移動することにした。このチケット代は一人18000円くらいである。

衛兵3人 行進
民族軍装の兵隊さんがオイチニオイチニ シンタグマ広場 無名戦士のモニュメントの前の衛兵交代儀式

 そんないざこざでこの日の行動が遅くなった。しかし予定通り地下鉄アクロポリス駅へ、ゼウス・オリンピア神殿を見るために行く。駅を出たところにある通りの混んでいるレストランでランチを取ったが、地元の主婦連が来ているだけあって、ここの料理はうまかった。
 ここで探していた新アクロポリス美術館があることを発見。ゼウスの門からゼウス・オリンピア神殿を見た後、美術館へ。撮影禁止である。しかし以前にロンドンで、主要なアクロポリスの出土品や装飾レリーフがほとんど英国の大英博物館に来てしまっているのではないかと感じたものであったが、思ったよりも見るものがまだ多く残されていたと言う印象だった。
 ケンタウロスの戦いのシリーズなど見応えがあった。完全な形を保つものはほとんど無いが、戦争で破壊されたのだろう。ここでカタログを買った。廉価でハンディな良いカタログである。
 このカタログの中でパルテノン神殿を建設したカリスマ的指導者ペリクレスについて、全市民に参政権を与えたとその功をたたえているが、実際彼の「我々の公共的建物は、心を晴れやかにし目を楽しませる」という言葉くらいパルテノン神殿を的確に形容する言葉はない。古代アテネの精神はこのパルテノン神殿によって顕在化されていると言って良いだろう。パルテノン神殿ほど芸術の内容とその形式の関係性について私たちに考えるヒントを与えてくれる芸術作品は他にはないかもしれない。アクロポリスの丘に古代ギリシャの栄光が羽ばたいている。
 驚いたのはこの美術館の床は広い範囲にガラスで作られていて、下の階の人々が見える。1階では地下の遺構が見えるようになっているのだが、そのことはつまり、下から見上げれば、上の階の観客を真下から見上げることになる。日本ならプランの段階で潰された筈だ。

ゼウス神殿 トレイン
ゼウス・オリンピア神殿からアクロポリスの丘を望む ハッピートレイン

 この後モナスティラキに行き、ハッピートレインに乗る。6ユーロで、45分くらいアクロポリスの麓を回る。何台も連結した車両が、曲がりくねったプラカ地区のような狭い道路を、まったくぶつからずに縫うように走るのはまったく不思議である。流石科学発祥の地のアテネか? 昨日行ったレストランの前を二度も通り客引きのおじさんに挨拶した。シンタグマで終わりだったらしいが、また出発点のモナスティラキまで乗ってしまったのである。サンドイッチなどを買い、帰り着いたホテルの近くでアムステビールなど買って、ホテルの部屋で食べたサンドイッチは美味しかった。
 さてギリシャでは地下鉄などに乗ると私は徹底して観察された。流石にちょっとうんざりするほどにまじまじとほとんどの人に見つめられた。ニューヨークでは私に注目する人など居ない。どうしてかと思うが、日本語で話しかけてくる人も多い。聞くところによると全ギリシャで邦人は700人くらいしかいないらしい。団体の人はバスで移動しているし、個人旅行は若者が多いから、彫りの深い顔立ちの彼らから見れば私は珍しいのかも知れない。いやその上に私は坊主で髭だしまともな日本人とは少し毛色が変わって見えるだろう。地下鉄に老人の乗客が目立つのもニューヨークと異なるところだが、人々は親切で友好的だったし、楽しく過ごせた。
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テーマ:ヨーロッパ旅行記 - ジャンル:旅行

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